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キウス周堤墓群は、すんッと澄んだ空気。ガイドの方も、ここは気が良いですよねと言っていた。調査のために掘り返すということをあまりしていないので、掘り出されたものは少ないが、みんな埋まったままということ。あれだけの規模で土を掘って、その土を丸く盛るということを、縄文の人たちが集まって協力して行ったのだ。解説のボードにバタバタっとトンボが止まった。
ウポポイは、ルウンペ(伝統的な着物)の特別展を開催していて、それがよかった。現物だからこそ見える刺繍の目、切伏せ(アップリケ)の布の切り替わる位置、布の素材や細かい模様。しげしげと見ると本当に入り組んだ紋様で、切伏せの布の重ね順もずいぶん複雑。どの布がどう上下に配置されているかを目で追ううちに、キウスで聞いた、「昔は3号の後に1号が掘られたと思われてたんですけど、調査が進むと、1号の上に3号の土が被っていることがわかって、つまり3号の方が後から掘られたってことがわかったんですよー」という話が頭に舞い戻ってきた。
ウポポイの展示は、面白い映像も多いし(文章と写真でしか見たことのなかった儀式の様子が観られたり、踊りの映像は、数十年前のものから2000年代以降のものが流れると、リズムの取り方が変わった…?ように思ったり)、知ることも多い反面、人々の生きた日々の営みから離されて、つるっと整った施設に並べられた道具や着物、再現品に対面すると、水っぽい料理を前にしたようで落ち着かない気持ちにもなった。踊りや歌の向かう先も、やはりカムイから人間やカメラに変わったのだろうと思う。ただ、そうして展示にしないと消えてしまうこと、消えようとしていることは確かで、そうさせた原因には私はどう向き合えばよいのか。(ほんとのほんとに少なくとも、今、自分の横に日々生きているものには気づいていたいと展示をまわりながら考えた。)
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登別へ。知里幸恵の銀のしずく記念館で自然かんさつ会があり、参加することに。10時からのかんさつ会まで1時間半ほど時間があったので、知里真志保の碑、そして知里幸恵と金成マツのお墓へ、丘を登る。神謡集に出会わなければ、北海道に来ようなんて思わなかっただろうし、挨拶を。その後、銀のしずく記念館へ向かうと、ちょうど良い頃に到着した。日頃、文学作品などに登場する植物の実物をあまり知らないままにしてしまうことが多いので、アイヌ語での呼び名も交えつつ、実際に植物を見たり触れたり嗅いだりしながら説明を聞けたのはとても良かった。キハダの木(シケㇾペニ)の表皮はコルクのような手触り。クリの木(ヤムニ)との表皮の見た目の違いを教えてもらったり、それぞれに、それぞれの顔ね。アイヌでは、生活に結びついている植物には名前があり、それも、様々な部位を使ったり食べたりする植物には部位ごとに名前がついている。地域によっても呼び方が変わったりして、一つの植物に15種類もの名前があるものも。逆に、生活とあまり関わりのないものには名前がない。
オオウバユリは根からデンプンを取り出して食べていたそう。根を掘り出すのは、花の咲かない年だけ。落ち葉などが溜まり栄養が豊富な土壌でしか育たないので、プランターなどで急に育てようとしても育たない。記念館の周り、知里森舎の森には多く生えていて、今度、これの食べ方を知るウポポイ職員の方と協力して、調理会のようなことを開催するとか。そういう研究の協力もあるのね。オオウバユリは、キウス周堤墓郡にもたくさん生えていたが、先が鹿に食べられていた。
ユキムシ(ウパシ キキリ)は北海道の人たちには馴染みのある虫みたい。これを見かけると1週間後から雪が降ると言われている。青色に白いもふもふの小さな体で、フワフワ浮くように飛んでいた。本当の名前はトドノネオオワタムシ。関東から来たあなたに見せてあげましょうと参加者のお一人が、手にふわっと止まったところを見せてくれた。北海道の虫は人間との距離が近いのだろうか。
かんさつ会の終わりに、栗の渋皮煮とエント茶をいただいた。エント茶は不思議に喉が温かくなる良い香りのお茶だった。
記念館は休館日だったが、特別に展示を見せていただく。そこへ、海外帰りというガイドのSさんが来られ、おそらくちらっと顔を出されただけだったのだと思うが、私がいたので、案内はいりませんかとガイドを買って出てくださった。これが本当に丁寧に多くのお話を聞かせていただき、素晴らしい時間だった。何時まで大丈夫ですかと聞かれ、私は何時まででも…と答えると、じゃあ3時間!なんてね冗談!ハハハ!と仰ったが、12時頃から始まった説明が全てが終わり、本当にありがとうございましたと記念館を後にしたとき、時計を見ると15時だった。
知里幸恵、モナシノウク、金成マツ、知里真志保、金田一京助から、神謡集が出版されるまでに関わりのあった方々、そのほか関連の研究に携わってきた方、携わる方、記念館に関わる方のことまで、多くのことを教えていただいた。文字のないアイヌ語をローマ字や日本語に表し、書き残したアイヌの人たちと、その書物化に関わった日本の人たち。今なお定期的な出版が続き、解読が終わっていない金成マツの書き残したものもあるそう(アイヌ叙事詩のこと)。Sさんが、知里幸恵の日記など様々な書物を読み解く中で、ご自身が考え至ったこと(知里幸恵は病を抱えながら神謡集の校正を行い、ちょうど最後まで終えてから亡くなったことになっているが、本当だろうかという話など)も聞かせてくださり、とても面白かった。私の頼りない頭一つではなく、あと一人二人、横で聞いていてほしかったと思いつつ、本当に楽しく豊かな時間だった。
昨年出版されたばかりの「知里幸恵 日記・書簡集」を買い、次に訪れるときには、アイヌ語を多少理解し、発音できていたいと思いながら記念館を後にした。
遅めの昼食を食べてから、アヨロ海岸の方にあるアフンヌパロへ。アフンヌパロはあの世への入り口という意味で、山の方など他にも何ヶ所かあるみたい。その後はアヨロ遺跡に行く予定だったが、17時を過ぎて暗くなってしまい、熊と言わずとも鹿にでも出会したら怖いし、海岸で小石を拾っているうちに予定していなかった海水をかぶってしまい、心も折れたので宿泊場所へ。朝からたくさん歩いたし、頭にもたくさん詰め込まれているし、あとはゆっくりしましょうね。
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二風谷コタンへ。沙流川(シシリムカ)沿いを歩く。すごい数の白鳥が飛来した。ユキムシを手に止めることに成功。しかし、その後あまりに多く目にするので、感動は減り、一匹くらい飲み込んだかもしれない。今年は雪、たくさん降るかもねーと話すのを聞いた。
平取町立二風谷アイヌ文化博物館。自分でディスクを入れて自由に観られる映像コーナーがあり、道具の作り方やそれを実際に使う様子、地域の歴史について観ることができた。そのほとんどに萱野茂さんが登場したが、その喋る様子に引き込まれる。ゆったりとまるい声で、わかりやすく、面白く、アイヌが大切にしている考え方を話す。そして、こちらにも萱野さん、あちらにも萱野さん…とお一人とは思えない仕事の数々。こういう方だから、あれだけ多くの資料を残し、伝えることができたのかと納得しつつも驚くばかり。
アイヌ語を知らない人たち向けにアイヌ語講座もされていたそうで、その映像の中で、「言葉がなにより一番大事」と仰っていた。どんな観光施設を作るより、言葉があることが大切。その地の言葉で迎えられたら、異国の地に来たと思うでしょうと。言葉が、その地の生活、文化、人々の性格を映すということをまた考える。アイヌ語は、文字がない分、より限定されたコミュニティで、はっきりと現れるのではないか。
物にも魂が宿るという考え方も、映像の中で、実際に木彫りをしながら話されていて、心打たれる。良い心で大切に作られたものは良い魂が宿る。だから物は清らかな気持ちで作る。そして道具の神様は使われることほど嬉しいことはない。生活の中でしっかり使う。ウポポイの道具はちょっと寂しがってるかもね。
「文化は、書籍や博物館に収めておくだけのものではありません。見て、触れて、聞いて、生活のなかで実践していくものです。」…萱野さんの言葉を読むとき、これからは、話す雰囲気が頭に浮かびそう。
この日の宿泊は、萱野茂資料館の隣にあるゲストハウス。同じ部屋になったNさんがまた素敵な方だった。植物に関わることを長くされているそうで、植物の話を色々と聞かせていただいた。植え直したビオラが虹色にたくさん花を咲かせた話や、一日で登れる山を二、三日かけて歩き、草木や花を観察する話、二風谷でたくさん実をつけていた木のこと。今年漬けた梅干しの瓶詰めをいただいた。
ゲストハウスには、萱野茂さん関連の書籍、収集されたうたや語り(ユーカラ、ウウェペケレ)の音声録音とそれを文字に起こした本、そのほかアイヌに関連する書籍が詰まった本棚があり、心の中は大騒ぎ。目移りしすぎて一冊も手に取れないくらい。これは今夜は寝られない!と思ったが、すぐに脳みそが稼働しなくなり、日付が変わるより前に眠りについた。
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朝6時頃に起き出して、Nさんと霧の散歩。
朝食を食べたら萱野茂資料館へ。ここに展示されているものは本当にどれも良い姿。萱野茂さんご自身や奥さんの萱野れい子さんが作られたものが多く、他の方の作られたものも、作られた方の名前が書いてある。そして使われた跡がある。まな板に包丁の線があったり、萱野茂さんが若い頃に木こりの仕事で実際に使っていた物だったり。解説のカードも一つ一つ手書きで丁寧にレタリングされていて、そこにも愛情を感じる。萱野れい子さんの刺繍は、細かく連なる鎖が、植物の細胞や虫の模様にみるような美しさ。
ここではなんと、アイヌ式結婚式の映像を観ることができた。写真集では見たことがあり、映像が残されていることは知っていたが、上映権のことなどもあり簡単には観られなさそうと思っていたので嬉しい。写真集の説明文より詳しい解説が入り、映る人たちの表情、踊りやうたを聴いて、観られて、とても貴重な記録。萱野茂さんのアイヌ語講座入門編も観て、あまり人のいないことをいいことに、一人でぼそぼそリピートしてみたりした。イオマンテ(熊送り)の映像も観たかったが90分の2本立てと聞き、時間的にも体力的にも断念。これらの映像を観ることを目的に訪れる方もいるそう。
最後に貝澤徹さんの木彫りの工房を見せていただいて、そろそろ帰路につく時間。
…家について荷解きをしたら、紙の旅程表の間からオオウバユリの種が出てきた。
